歌舞伎D-13

Edo sanza

江戸三座

えどさんざthe three licensed theatres of Edo

INSTANT ANSWER一撃回答

江戸で興行を公認された中村座・市村座・森田座の三つの芝居小屋。明治に至るまで江戸歌舞伎の中心であり続けた。

江戸三座とは、江戸で歌舞伎興行を公認された中村座・市村座・森田座(のち守田座)の三つの芝居小屋をいう。元禄期には山村座を含めて四座があったが、1714年(正徳4)の江島生島事件により山村座が廃絶され、以後は三座に限って興行が公認されたとされる。

天保の改革により、三座は天保12年(1841)の火災を機に移転を命じられ、天保13年から14年(1842〜43)にかけて浅草の聖天町へ移り、その地は猿若町と改められたとされる。以後、明治に至るまでこの町が江戸歌舞伎の中心地となり、芝居見物は江戸っ子の暮らしに欠かせない娯楽であり続けた。

三座が移り住んだ町「猿若町」の名は、江戸歌舞伎の記憶をとどめる地名である。寛永元年(1624年)に江戸で初めて櫓を上げたとされる初代猿若(中村)勘三郎の名にちなんで名付けられ、三座は「猿若三座」とも呼ばれた。芝居茶屋や役者の住まいが軒を連ねた芝居町は、江戸随一の華やぎを見せたと伝えられる。

初代以来、歴代の市川團十郎が活躍した舞台は、まさしくこの江戸三座であった。荒事という江戸の様式も、三座の櫓の下で観客とともに育まれたものであり、江戸三座の歴史は市川宗家の芸の歴史と分かちがたく重なっている。

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SOURCES

出典・監修

執筆
D-13編集部
監修
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公開日
2026年8月16日(日)
最終更新日
2026年8月16日(日)