senryō yakusha

千両役者

せんりょうやくしゃa "thousand-ryō actor"—a star of the very first rank

INSTANT ANSWER一撃回答

一年の給金が千両に達するほどの人気と実力を備えた役者。二代目市川團十郎(いちかわ だんじゅうろう)が最初の千両役者(せんりょうやくしゃ)の一人とされる。

千両役者とは、江戸時代、一年間の給金が千両に達するほどの人気と実力を誇った歌舞伎役者を指す言葉である。役者は十一月から翌年十月までの一年間、劇場と専属契約を結んでおり、その契約金が千両という破格の額に達した役者をこう呼んだとされる。

享保6年(1721)に二代目市川團十郎が給金千両を得たことが千両役者の誕生といわれ、初代芳澤あやめとともに最初の千両役者とされる。今日では歌舞伎を離れ、際立った活躍を見せる人を讃える言葉として広く使われている。

千両役者の芸は、今日の舞台にも息づいている。最初の千両役者とされる二代目團十郎(だんじゅうろう)は、歌舞伎十八番(じゅうはちばん(おはこ))『助六(すけろくゆかりのえどざくら)』を初演した俳優でもあるとされるからである。蛇の目傘を手に花道(はなみち)で見せる助六の出端の華やぎは、江戸の観客が千両を惜しまなかった人気のほどを、今に伝えている。

この言葉の誕生そのものに、市川團十郎の名が刻まれている。荒事(あらごと)で江戸の人気を一身に集めた二代目の存在があってこそ生まれた言葉であり、千両役者は市川宗家(いちかわそうけ)の歴史と日本語の歴史が交わる一語といえる。

歌舞伎十八番『助六』の助六と髭の意休。江戸の人気を一身に集めた当代の花形役者を描いた役者絵
歌川国貞『歌舞伎十八番之内十六 助六 五代目市川海老蔵の髭の意休・八代目市川團十郎の揚巻の助六』嘉永5年(1852)歌川国貞『歌舞伎十八番之内十六 助六』ボストン美術館(パブリックドメイン, Wikimedia Commons)
SOURCES

出典・監修

執筆
KABUKI Universe編集部
監修
市川團十郎
公開日
2026年8月16日(日)
最終更新日
2026年9月9日(水)
監修済み

監修は、市川團十郎に趣旨と要点を確認いただいたことを示します。本文は編集部の文章であり、市川團十郎の発言ではありません。文責は編集部にあり、記述の誤りは編集部の責任で訂正します。 編集方針を読む