TAKASHIMAYA — YAGŌ

高島屋

たかしまやTakashimaya家の呼称: 市川左團次家定紋: 三升に左・松皮菱に鬼鳶

高島屋は、市川左團次家の屋号です。家の芸は「杏花戯曲十種」。「杏花」は二代目市川左團次の俳名で、岡本綺堂らが書いた近代の戯曲を集めた点に特徴があります。四代目市川左團次(1940-2023)は、歌舞伎俳優名鑑の「想い出の名優篇」に掲載されています。

歌舞伎俳優名鑑によれば、四代目市川左團次は1947年5月に東京劇場で五代目市川男寅を名のって初舞台を踏み、1962年2月に五代目市川男女蔵、1979年2月に四代目市川左團次を襲名しました。1940年11月12日に生まれ、2023年4月15日に亡くなっています。

四代目が名のった「市川男寅」「市川男女蔵」の名は、現在は六代目市川男女蔵とその長男の七代目市川男寅が継いでいますが、名鑑はこの二人の屋号を「滝野屋」と記しています。同じ血筋のなかで屋号が分かれている例です。

家の芸は「杏花戯曲十種」です。歌舞伎演目案内は、「杏花」が二代目市川左團次の俳名で、以前は「松莚」といったため「松莚戯曲十種」とも表記されると記します。『修禅寺物語』『番町皿屋敷』など岡本綺堂の作を中心に構成され、古典の型ではなく近代の戯曲を家の芸とした点に特徴があります。

土左衛門伝吉を勤める市川左團次。紅の地を背に、藍の半纏で纏と木札を掲げる
豊原国周『土左衛門伝吉 市川左團次』明治15年(1882)九月豊原国周『土左衛門伝吉 市川左團次』メトロポリタン美術館蔵(CC0, Wikimedia Commons)

定紋 — 三升に左・松皮菱に鬼鳶: 歌舞伎俳優名鑑は、四代目市川左團次の定紋を「三升に左、松皮菱に鬼鳶」と記します。三升は市川宗家の紋と同じ形で、そこに「左」を入れたものです。

01HOUSE ARTS

家の芸・演目

「選び定められた演目群」と「家に伝わる芸」は別のものです。名称も成立の経緯も家ごとに違い、同じ制度がすべての家にあるわけではありません。

選定された演目群

杏花戯曲十種

二代目市川左團次の当り芸。岡本綺堂・岡鬼太郎・松居松翁ら同時代の作家による新作で構成されます。「十種」と呼ばれながら、歌舞伎演目案内が挙げるのは八演目です。

一覧を見る
02HEREDITARY NAMES

この家の名跡

執筆
KABUKI Universe編集部
公開日
2026年9月12日(土)
最終更新日
2026年9月12日(土)
編集部執筆