KINOKUNIYA — YAGŌ
紀伊国屋
紀伊国屋は、澤村宗十郎家の屋号です。家の芸は「高賀十種」。「高賀」は七代目澤村宗十郎の俳名で、歌舞伎演目案内は、江戸の和事を得意とした五代目以来の味わいが生きる演目と記します。名跡「澤村宗十郎」は七代目から九代目までが歌舞伎俳優名鑑の「想い出の名優篇」に載っています。
歌舞伎俳優名鑑によれば、七代目澤村宗十郎(1875-1949)は幼時を熊谷で過ごし、四代目助高屋高助の養子となって明治14年に初舞台を踏みました。明治26年に三代目澤村訥升、明治41年9月に歌舞伎座で七代目澤村宗十郎を襲名しています。名鑑は、娘役や和事の役を得意とし、「高賀十種」に代表される得意演目があったと記します。
九代目澤村宗十郎(1933-2001)は八代目の長男で、昭和28年に五代目澤村訥升、昭和51年9月に九代目宗十郎を襲名しました。名鑑は、平成元年より「宗十郎古典歌舞伎復活の会」を開催し、平成2年・8年の訪米歌舞伎に参加したと記します。
二代目澤村藤十郎は八代目宗十郎の次男で、1957年1月に澤村精四郎を名のり初舞台、1976年9月に歌舞伎座『白石噺』の信夫ほかで襲名しました。三代目澤村宗之助は1981年9月に澤村宗十郎の部屋子となり、1999年9月に襲名しています。二代目澤村精四郎は2024年12月、藤十郎の芸養子となって襲名しました(歌舞伎俳優名鑑)。
名跡「澤村宗十郎」の現状は、収集した資料に記載がないため断定しません。屋号「紀伊国屋」の由来も、一次資料で確認できるまで書きません。名鑑は屋号を「紀伊國屋」ではなく「紀伊国屋」と記しており、本サイトもその表記に従います。

定紋 — 丸にいの字: 歌舞伎俳優名鑑は、七代目澤村宗十郎の定紋を「丸にいの字」、三代目澤村宗之助を「丸にいの字、笹りんどう」、二代目澤村藤十郎を「笹りんどう、波に千鳥」、五代目澤村由次郎を「釻菊、波に千鳥」と記します。
家の芸・演目
「選び定められた演目群」と「家に伝わる芸」は別のものです。名称も成立の経緯も家ごとに違い、同じ制度がすべての家にあるわけではありません。
この家の名跡
- 執筆
- KABUKI Universe編集部
- 公開日
- 2026年9月12日(土)
- 最終更新日
- 2026年9月12日(土)