Q&A

演技・舞台表現

武士や奴の役が見得を切るとき、足の親指だけを上げるのはなぜですか?

ANSWER答え

力が指先まで漲っていることを示す様式的な誇張とされます。生まれたばかりの赤ん坊にだけ現れる原始反射と同じ形で、荒事(あらごと)が求める無垢な生命力の表れと読む見方もあります。

KEY POINTS

ここだけ押さえる

  • 見得(みえ)は完全な静止ではなく、内側の力が張り詰めた「動の静止」である。
  • 親指を反らせる型は、その力が末端まで満ちて溢れる様を可視化するものと説明される。
  • 同じ形は、生まれたての赤ん坊にだけ現れる原始反射(バビンスキー反射)として知られている。
  • この反射が医学的に報告されたのは1896年。荒事(あらごと)はそれより二百年以上前に成立している。
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読み合わせ台本を声に出して確かめる立稽古動きと位置を合わせる附立(つけだて)囃子・ツケを入れて合わせる総ざらい通して確かめる初日幕が開く
稽古が数日で足りるのは、俳優も囃子方も裏方も、その演目の「型」を共有の言語として既に持っているから。稽古はゼロから作る場ではなく、互いの型と間を今回の座組に合わせて調律する場です。

「型」をくわしく

くわしく

細かいところをよく見ている質問である。見得(みえ)を切るとき、踏みしめた足の親指だけがぐっと反り上がっている——これは確かに、多くの型に共通して見られる特徴である。

まず、いちばん一般的な説明から。見得は「完全な静止」ではない。役者は彫像のように固まって見えるが、内側では全身の筋肉が張り詰めている。動きを止めているのではなく、動こうとする力を抑え込んでいる状態——いわば「動の静止」である。この張力があるからこそ、見得は数秒のあいだ客席の空気を掴んでいられる。親指を反らせる型は、その張力が身体の末端まで届いていることを可視化するものだと説明される。力が指先にまで満ちて、そこから溢れ出している、という表現である。

ここからが面白いところで、この形には別の読み方も伝えられている。足の裏をなでると親指が甲の側へ反り返り、他の指が扇のように開く——この反応は、生まれたばかりの赤ん坊にだけ正常に現れる原始反射として知られている。医学ではバビンスキー反射と呼ばれ、二歳ごろまでに消えていく。荒事の親指の形は、これとちょうど同じである。

時系列を確かめておきたい。この反射がフランスの神経学者ジョゼフ・バビンスキーによって報告されたのは1896年、わずか二十八行の短い報告だったとされる。一方、荒事は初代市川團十郎(いちかわ だんじゅうろう)が延宝元年(1673)に創始したとされ、二百年以上前にあたる。つまり、医学が「これは乳児にだけ現れる反射だ」と名づけるはるか前に、歌舞伎の舞台はその形を芸として取り込んでいたことになる。

この一致をどう受け取るかは、事実と解釈を分けて考えたい。「1896年に報告された」ことは記録のある事実であり、荒事の始まりも延宝元年(1673)と伝えられている(創始年には異説もある)。一方、荒事の型がこの反射を写したものだ、というのは解釈である。当時の役者が乳児の足を観察してそう決めた、という記録があるわけではない。ただ、荒事の主人公がしばしば童子のような無垢さを帯び、人間を超えた力を宿す存在として造形されてきたことを思えば、この読みには確かな筋が通っている。理屈より先に効果があり、意味づけが後から語られる——歌舞伎の型にはそうした細部が多いとされるが、これはその代表格と言える。なお、親指を立てるこの型は、もともと團十郎(だんじゅうろう)家の芸として伝わるとされる。

この回答に出てきた言葉

原始反射
生まれたばかりの赤ん坊にだけ現れ、成長とともに消えていく反射。
バビンスキー反射
足の裏をなでると親指が反り返り、他の指が開く反応。1896年に報告された。
奴(やっこ)
武家に仕える下男の役。威勢のよい所作と大きな見得(みえ)が持ち味。
動の静止
止まっているように見えて、内側に力が張っている状態。見得(みえ)の本質にあたる。
SOURCES

出典・記載の方針

執筆
D-13編集部
公開日
2026年8月25日(火)
最終更新日
2026年8月25日(火)