HARIMAYA — YAGŌ
播磨屋
播磨屋は、中村吉右衛門家(歌六・吉右衛門系)の屋号です。歌舞伎事典は、初代中村歌六が三代目中村歌右衛門の弟子であり、三代目歌六までは大坂出身であったと記します。三代目歌六の息子の初代中村吉右衛門は大正・昭和を代表する俳優で、その得意芸を集めた「秀山十種」が家の芸として伝わります。
歌舞伎事典「中村家(歌六・吉右衛門系)」は、三代目中村歌六までは大坂出身で、初代歌六は三代目中村歌右衛門の弟子だったと記します。初代中村吉右衛門は三代目歌六の息子で、大正・昭和を代表する俳優として特に時代物を得意とし、弟は三代目中村時蔵でした。
家の芸は「秀山十種」です。「秀山」は初代中村吉右衛門の俳名で、歌舞伎演目案内は初代の得意芸を集めた家の芸と説明し、「十種」と呼ばれながらも制定されているのは六演目にとどまると記します。定紋は揚羽蝶です。
歌舞伎美人によれば、2010年9月の新橋演舞場「秀山祭九月大歌舞伎」で、中村歌六・中村歌昇(現・又五郎)らの屋号が萬屋から播磨屋に変わりました。同記事は、中村吉右衛門の言葉として「播磨屋の創始者は初代中村歌六」と伝えています。
歌舞伎俳優名鑑によれば、五代目中村歌六は1981年6月に歌舞伎座で、三代目中村又五郎と四代目中村歌昇は2011年9月に新橋演舞場で襲名しました。名跡「中村吉右衛門」の現状は、収集した資料に記載がないため、本サイトでは断定しません。屋号「播磨屋」の由来も、創始者が初代歌六であること以上は確認できていません。
定紋 — 揚羽蝶: 歌舞伎俳優名鑑は、五代目中村歌六の定紋を「揚羽蝶、つるかたばみ、歌六梅」、三代目中村又五郎を「揚羽蝶、つるかたばみ」、四代目中村歌昇・中村種之助を「揚羽蝶」と記します。
家の芸・演目
「選び定められた演目群」と「家に伝わる芸」は別のものです。名称も成立の経緯も家ごとに違い、同じ制度がすべての家にあるわけではありません。
この家の名跡
- 執筆
- KABUKI Universe編集部
- 公開日
- 2026年9月12日(土)
- 最終更新日
- 2026年9月12日(土)