MATSUSHIMAYA — YAGŌ

松嶋屋

まつしまやMatsushimaya家の呼称: 片岡仁左衛門家定紋: 七ツ割丸に二引

松嶋屋は、片岡仁左衛門家の屋号です。歌舞伎事典は片岡家を上方の家と記し、初代片岡仁左衛門は元禄期から大坂を中心に活躍しました。十一代目仁左衛門の演目を集めた「片岡十二集」が家の芸として伝わります。名跡「片岡仁左衛門」の当代は十五代目で、1998年1月に襲名しました。

歌舞伎事典「片岡家」は、初代片岡仁左衛門が元禄期から大坂を中心に活躍し、敵役を得意としたと記します。仁左衛門の名跡はしばらく途絶えたのち、七代目が復活させました。松嶋屋の公式サイトは、天明7年(1787)に二代目浅尾国五郎が七代目として仁左衛門を襲名し、名跡が復活したと説明しています。

十一代目仁左衛門は明治時代に活躍し、公式サイトによれば東京へ移って明治40年(1907)に仁左衛門を襲名しました。歌舞伎事典は、五代目片岡我童に没後、十四代目仁左衛門が追贈されたことも記しています。当代の十五代目は1998年1・2月、歌舞伎座で襲名しました。

家の芸は「片岡十二集」です。歌舞伎事典は十一代目仁左衛門の得意な役を集めたものと記し、歌舞伎演目案内は、十一代目が明治30年代頃に自身の創意を加えて演じた演目で、当初は「新古演劇十二集」と称したと説明しています。

片岡孝太郎は十五代目仁左衛門の長男で、1973年7月に初舞台を踏みました。六代目片岡愛之助は1992年1月に襲名しています(歌舞伎俳優名鑑)。屋号「松嶋屋」の由来は公式サイトにも記載がなく、本サイトでは一次資料で確認できるまで書きません。

『仮名手本忠臣蔵』の大星由良之助を勤める片岡仁左衛門。藍の裃に巴の紋を散らし、杖を手に夜空を背にする
歌川国貞(三代豊国)『大星由良之助 片岡仁左衛門』文久2年(1862)二月歌川国貞(三代豊国)『大星由良之助 片岡仁左衛門』ロサンゼルス郡立美術館蔵 M.2006.136.221(パブリックドメイン, Wikimedia Commons)

定紋 — 七ツ割丸に二引: 歌舞伎俳優名鑑は、十五代目片岡仁左衛門の定紋を「七ツ割丸に二引」、片岡孝太郎・片岡愛之助の紋を「追いかけ五枚銀杏」と記します。紋は人物ごとに異なるため、名鑑の記載をそのまま挙げます。

01HOUSE ARTS

家の芸・演目

「選び定められた演目群」と「家に伝わる芸」は別のものです。名称も成立の経緯も家ごとに違い、同じ制度がすべての家にあるわけではありません。

選定された演目群

片岡十二集

十一代目片岡仁左衛門が明治30年代頃に自身の創意を加えて演じた演目群。当初は「新古演劇十二集」と称しました(歌舞伎演目案内)。

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02HEREDITARY NAMES

この家の名跡

執筆
KABUKI Universe編集部
公開日
2026年9月12日(土)
最終更新日
2026年9月12日(土)
編集部執筆