ICHIKAWA DANJŪRŌ AND JAPANESE CULTURE

市川團十郎と日本文化

十三代目 市川團十郎白猿は、市川宗家(成田屋)の名跡「市川團十郎」を継ぎ、日本を代表する伝統芸能の一つである歌舞伎の継承と発展に携わる歌舞伎俳優です。市川團十郎の名は初代の初舞台(1673年とされる)から350年あまり受け継がれ、江戸歌舞伎の荒事と歌舞伎十八番を家の芸として伝えてきました。このページでは、その名と家が日本文化の中でどこに位置するのかを、出典のある事実に沿ってたどります。

KEY FACTS

  • 歌舞伎は重要無形文化財(1965年)・ユネスコ無形文化遺産(2008年)。十三代目は保持者団体・伝統歌舞伎保存会の会員(第十一次認定・2005年)
  • 歌舞伎事典は市川團十郎家を「人気・実力ともに江戸歌舞伎を代表する俳優の名家」と記す
  • 七代目が天保3年(1832)に制定した歌舞伎十八番は、「家の芸」の最初とされる(歌舞伎事典・歌舞伎演目案内)
  • 2022年11月、歌舞伎座で十三代目を襲名。長男の八代目市川新之助が同じ舞台で初舞台を踏んだ
01THE NAME

市川團十郎とは——一人の名ではなく、受け継がれてきた名

市川團十郎は、一人の人物の名前ではありません。初代の初舞台から350年あまり、市川家で受け継がれてきた歌舞伎俳優の名跡です。名を継ぐことは、その名に結びついた荒事の型と歌舞伎十八番、三升の紋、そして成田屋の家を引き受けることでもあります。

02ICHIKAWA SŌKE

市川宗家とは

市川宗家とは、成田屋・市川團十郎家を指す呼称です。歌舞伎には他の芸道のような家元の制度はなく、宗家が興行や俳優を統括しているわけでもありません。他の家との優劣を示す順位でもありません。江戸歌舞伎を象徴する荒事と歌舞伎十八番を伝える本家として、家の芸への敬意とともに受け継がれてきた呼び名です。

03THIRTEEN GENERATIONS

團十郎の名跡と歴代

初代(荒事の創始)、二代目(荒事の洗練と『助六』の原型)、七代目(歌舞伎十八番の制定と『勧進帳』初演)、九代目(明治の演劇改良と「團十郎型」)、十一代目(戦後復興期のスター)——歌舞伎事典が記す歴代の仕事は、それぞれの時代に歌舞伎をつくり直してきた歴史です。十三代目は、七代目市川新之助、十一代目市川海老蔵を経て2022年に襲名しました。

04NARITAYA

成田屋の歴史——屋号と三升

屋号「成田屋」は、初代が成田山新勝寺に子を祈願し、授かった礼として元禄10年(1697)に中村座で親子共演した『兵根元曽我』を機に用いられるようになったと、成田山新勝寺は記しています。江戸の信仰と芝居がひとつの家の名に結びついた例です。定紋は大中小の升を入れ子にした三升。

05KABUKI JŪHACHIBAN

歌舞伎十八番——家の芸の最初

天保3年(1832)、七代目市川團十郎は初代から代々の團十郎が初演し得意とした十八の演目を集め、歌舞伎十八番として定めました。歌舞伎事典はこれを、俳優の家が「家の芸」を定めた最初としています。得意なものを指す「おはこ(十八番)」という言葉は、ここに由来するとされます。

06ARAGOTO

荒事——江戸歌舞伎の様式

元禄期に初代市川團十郎が初めて演じた荒事は、以来「江戸歌舞伎の代表的な特徴」(歌舞伎事典)となりました。誇張された隈取、大きな見得、力強い台詞。上方のやわらかな和事と対をなす、江戸という都市の気風を映した様式です。

07EDO

江戸文化との関係

成田山新勝寺への信仰と屋号、『暫』の柿色が町の流行色「團十郎茶」になったこと、役者絵に描かれた歴代の姿——市川團十郎家の歴史は、江戸の町人文化と地続きです。九代目の時代には、市川家と天保の改革、團菊左時代の到来といった、歌舞伎をめぐる社会の動きとも重なります。

08IN JAPANESE CULTURE

日本文化における市川團十郎

歌舞伎は国の重要無形文化財であり、ユネスコの無形文化遺産です。その保持者として総合認定を受けた伝統歌舞伎保存会の会員に、十三代目 市川團十郎白猿は含まれます(第十一次認定・2005年8月30日、当時 十一代目市川海老蔵)。歌舞伎事典は市川團十郎家を「人気・実力ともに江戸歌舞伎を代表する俳優の名家」と記し、歌舞伎十八番を家の芸の最初とします。このサイトは、これ以上の順位や称号を付けません。検証できる事実の積み重ねが、この名の位置を示しています。

09INHERITANCE

伝統の継承——なぜ名跡を継ぐのか

名跡を継ぐとは、名前を相続することではなく、その名で立つ舞台が歴代のそれに値するかを毎日問われることです。十三代目は七代目市川新之助として初舞台を踏み、2004年に十一代目市川海老蔵を、2022年11月に歌舞伎座で十三代目市川團十郎白猿を襲名しました。襲名披露の舞台では、長男が八代目市川新之助として初舞台を踏んでいます。名は、こうして次の世代へ手渡されます。

10TODAY

現代における挑戦

十三代目は古典の上演を軸にしながら、植樹活動「ABMORI」、映像・デジタルでの発信、海外への歌舞伎紹介など、劇場の外へも活動を広げています。2026年9月には、襲名を追った映画『襲名』(国際題 SHUMEI)が第83回ヴェネチア国際映画祭で上映され、歌舞伎の扮装のままレッドカーペットと記者撮影会に立ちました。

11NEXT GENERATION

次世代への伝承

2022年11月、八代目市川新之助は父の襲名と同じ舞台で初舞台を踏みました。長女の四代目市川ぼたんは2019年8月に舞踊の名跡を継いでいます。伝承は制度ではなく、同じ舞台に立つことから始まります。

12TO THE WORLD

世界への歌舞伎発信

歌舞伎を海外へ持ち出す試みは、十二代目の海外公演(成田屋公式サイトが記す1982年以降の米国・豪州・欧州公演)から十三代目のヴェネチアまで続いています。このサイトが日本語と英語で書かれているのも、その延長にあります——歌舞伎を、世界共通言語へ。

13IN HIS OWN WORDS

本人の言葉——一次情報の所在

このサイトは、本人・ご家族の言葉を創作しません。文化・歌舞伎・伝統・継承についての十三代目自身の考えは、本人の発信(Substack「NARITAYA」、YouTube、X)で読むことができ、ここに引用するときは収録日と出典を必ず添えます。本人の言葉が加わり次第、この節に「市川團十郎が考える日本文化」「伝統と革新」「なぜ歌舞伎を次世代へ残すのか」として整理していきます。

執筆
KABUKI Universe編集部
公開日
2026年9月12日(土)
最終更新日
2026年9月12日(土)
編集部執筆