nirami
睨み
にらみthe auspicious glare of the Danjūrō line
INSTANT ANSWER一撃回答
両の眼に力を込めて見込む、市川團十郎家だけに許されるとされる特別な芸。睨まれると一年間無病息災で過ごせると伝わる。
睨みは、役者が両の眼に力を込め、あたかも天と地を同時に見込むように決める所作である。感情の頂点で静止する見得と似て非なるものとされ、市川團十郎家にのみ伝わる特別な芸と位置づけられている。芝居の一場面としてだけでなく、襲名披露の口上など晴れの場でも披露される。
江戸時代から「團十郎に睨まれると一年間無病息災で過ごせる」と伝わり、邪気を払う縁起物として親しまれてきた。荒ぶる力で悪しきものを鎮めるという荒事の性格、そして市川宗家(成田屋・市川團十郎家)が代々信仰してきた成田山新勝寺の不動明王の姿と結びつけて語られることも多い。
市川宗家が代々信仰してきた成田山新勝寺の節分会では、「鬼は外」とは言わず「福は内」とだけ唱える。御本尊・不動明王の慈悲が大きく、邪悪な鬼さえも屈服して改心してしまうからとされる。悪しきものを打ち払うのではなく、鎮めて福に変える——睨みが縁起物として愛されてきた心と深く通い合う伝えである。
十三代目市川團十郎白猿もこの芸を受け継ぎ、襲名披露をはじめ各地で睨みを披露している。2024年には大阪・道頓堀で公演の成功を祈って睨んでみせ、その2年前には東京スカイツリーの高みからも披露された。約280年前に二代目團十郎が大坂で『雷神不動北山櫻』を当てたという歴史とも響き合う、家の芸の現在形である。
動画・音声
市川團十郎が語る“睨み”|受け継がれる睨みの意味
2025年7月26日(土)
市川團十郎家にのみ受け継がれる「睨み」について、初代團十郎の荒事に始まり、邪気を払い無病息災をもたらすとされてきた儀式的な意味を解説。睨みを勤める際は酒や煙草を断ち身を清めるという自身の実践にも触れる。睨みとは威嚇や怒りではなく、大切な人や信じるものを守ろうとする覚悟であり愛だと語る。
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KABUKU. / 市川團十郎。この言葉が出てくる映像
市川團十郎が語る“睨み”|受け継がれる睨みの意味
2025年7月26日(土)
市川團十郎家にのみ受け継がれる睨みの意味。邪気を払う儀式としての性格と、勤める前に身を清める実践まで語られます。
この用語が分かる演目
この語を読んだら、次はこれ
同じ舞台の上でつながっている言葉です。ひとつ知ると、もうひとつが分かりやすくなります。
- 見得mie感情と力が頂点に達した瞬間、役者が動きを止めて決める様式的なポーズ。ツケの音とともに、舞台が一枚の絵として完成する。読む
- 荒事aragoto初代市川團十郎が創始したとされる勇壮な演技様式。隈取や巨大な衣裳、大きな見得によって、人間を超えた力と正義を表現する。読む
- 隈取kumadori役柄の内面を色と線で顔に描き出す歌舞伎独特の化粧法。紅は正義や勇気を、藍は敵役や超自然の力を表すとされる。読む
- 型kata長い上演の歴史の中で磨かれ、家や名優ごとに受け継がれてきた演技・演出の定型。継承と創造を支える歌舞伎の土台である。読む
- 十八番jūhachiban / ohako市川宗家が家の芸として選んだ十八の演目「歌舞伎十八番」。転じて、得意なものを指す言葉「おはこ」の語源になったとされる。読む
出典・監修
- 歌舞伎俳優名鑑「市川團十郎白猿」(團十郎家伝来のにらみ)
- 成田屋公式 團十郎事典「ま行」(眼玉・睨みの効く骨相)
- 歌舞伎美人|團十郎が大阪・道頓堀で「にらみ」を披露
- 立命館大学アート・リサーチセンター|市川団十郎の「にらみ」
- FEEL成田(成田市観光協会)|節分会
- 執筆
- KABUKI Universe編集部
- 監修
- 市川團十郎
- 公開日
- 2026年8月15日(土)
- 最終更新日
- 2026年9月9日(水)
監修は、市川團十郎に趣旨と要点を確認いただいたことを示します。本文は編集部の文章であり、市川團十郎の発言ではありません。文責は編集部にあり、記述の誤りは編集部の責任で訂正します。 編集方針を読む