KŌRAIYA — YAGŌ
高麗屋
高麗屋は、松本幸四郎家の屋号です。歌舞伎事典「松本家」は、この家が市川團十郎家と古くから親密な関係にあったと記し、二代目松本幸四郎が後の四代目市川團十郎、三代目幸四郎が後の五代目團十郎であったことを挙げています。『勧進帳』の弁慶は、七代目から当代まで四代にわたって勤められてきました。
歌舞伎事典「松本家」は、松本幸四郎家が市川團十郎家と古くから親密な関係にあったと記します。二代目松本幸四郎は後に四代目市川團十郎となり、三代目幸四郎もまた後に五代目團十郎となりました。七代目幸四郎は九代目市川團十郎の弟子です。名跡「市川染五郎」がこの家に伝わるのも、そうした関わりのなかにあります。
同事典は、七代目幸四郎が『勧進帳』の弁慶を1600回以上演じたと言われていることを記します。歌舞伎美人は、弁慶が七代目から当代まで四代にわたって勤められてきたと伝えています。『勧進帳』は成田屋が七代目市川團十郎の代に歌舞伎十八番として定めた演目で、そこに高麗屋の芸が重ねられてきました。
歌舞伎事典は、七代目の次男が八代目幸四郎を継ぎ、晩年に初代松本白鸚を名乗ったと記します。歌舞伎俳優名鑑によれば、十代目松本幸四郎と二代目松本白鸚は2018年1・2月に歌舞伎座で襲名しました。松本幸四郎オフィシャルサイトは、市川染五郎が八代目であると記しています。
屋号の由来については、歌舞伎事典が屋号一般について「その由来ははっきりとは分かっていません」と記しており、この家についても本サイトでは一次資料で確認できるまで書きません。
定紋 — 浮線蝶・四ツ花菱: 歌舞伎俳優名鑑は、十代目松本幸四郎・二代目松本白鸚の紋を「浮線蝶、四ツ花菱」と二つ並べて記します。定紋と替紋の別は同資料が明示していないため、本サイトでは名鑑の記載どおり併記します。
家の芸・演目
「選び定められた演目群」と「家に伝わる芸」は別のものです。名称も成立の経緯も家ごとに違い、同じ制度がすべての家にあるわけではありません。
この家の名跡
- 執筆
- KABUKI Universe編集部
- 公開日
- 2026年9月12日(土)
- 最終更新日
- 2026年9月12日(土)