tōshi kyōgen

通し狂言

とおしきょうげんa play performed in full, from first act to finale

INSTANT ANSWER一撃回答

一つの作品を序幕から大詰(おおづめ)まで通して上演する形式。名場面だけを選んで並べる「見取り」と対をなす言葉である。

通し狂言(とおしきょうげん)は、一つの作品を序幕から大詰まで通して上演する形式をいう。対になるのが「見取り」で、こちらは複数の演目から評判の場面や舞踊を選び、取り合わせて一日の番組を組む上演方法である。

明治中期頃までの歌舞伎はおおむね通し上演だったが、その後は見取りが主流になったとされる。今日、通し狂言は物語の因果を初めから終わりまで味わえる上演としてかえって特別感を増し、初心者にも筋を追いやすい形式として親しまれている。

通し狂言の底力を物語るのが、『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』の異名「芝居の独参湯」である。独参湯とは高麗人参を煎じた気付けの妙薬のこと。客の入りが振るわないときでも、この作品を通しで掛ければ興行は必ず息を吹き返す——江戸時代の書物にすでに記されたとされるこの言葉は、一つの物語を最初から最後まで見せることの力を、何よりも雄弁に伝えている。

十三代目市川團十郎白猿は、海老蔵(えびぞう)時代から通し狂言『雷神不動(ふどう)北山櫻』を繰り返し手がけてきた。二代目市川團十郎(いちかわ だんじゅうろう)(当時は海老蔵)が大坂で初演したとされるこの五幕の時代物(じだいもの)は、『鳴神(なるかみ)』『毛抜(けぬき)』『不動』の物語を含み、一人五役の早替りでも知られる。家に伝わる演目を一夜の大きな物語として見せる、市川宗家(いちかわそうけ)ならではの通し上演である。

江戸期〜明治頃

古典

型の蓄積とともに受け継がれる。上演のたびに補綴で台本を整える。

明治末以降

新歌舞伎

文学者が戯曲として書き、固定された台本から出発する。

戦後以降

新作

現代の小説・漫画・アニメなどを原作とするものも多い。

「古典」は年号で切れる概念ではなく、伝わり方の違いに近い言葉です。上演の現場ではこの三層で呼び分けられますが、境界の作品をどちらに数えるかは人により揺れます。長く上演され型が定着すれば、新作もやがて古典に近づいていきます。
SOURCES

出典・監修

執筆
KABUKI Universe編集部
監修
市川團十郎
公開日
2026年8月16日(日)
最終更新日
2026年9月9日(水)
監修済み

監修は、市川團十郎に趣旨と要点を確認いただいたことを示します。本文は編集部の文章であり、市川團十郎の発言ではありません。文責は編集部にあり、記述の誤りは編集部の責任で訂正します。 編集方針を読む